2016年9月10日土曜日

カープ優勝!

プロ野球、広島東洋カープが25年ぶりに、セントラルリーグで優勝しました。


カープが球団創設25年目にして初優勝したのは、1975年(昭和50年)10月15日のことです。
この試合も、後楽園球場での巨人戦でした。
私はこの試合の、数週間前の巨人戦のチケットを買っていたのですが、その試合が雨で中止になったために、スライドして10月15日の試合を観戦することになったのです。
偶然にもカープ初優勝の、ゲームを観ることができて、とてもラッキーでした。

この試合のことは、今でも覚えています。
完全試合男 外木場義郎と、交通事故による失明の危機から復帰した金城基泰の黄金リレー。打ってはホプキンスのホームラン、大下剛史のレフトフェンス直撃の安打で優勝を決めた試合でした。この時代には山本浩二・衣笠祥雄・水谷実男や三村敏之などそうそうたるメンバーがいました。
私は個人的に今でも、外木場が日本で一番のピッチャーだと思っています。

さて、私がカープをひいき目にするようになったのは、父が広島ファンだったからです。
戦時中、呉の海軍工廠にいたことがある父ですが、広島にかかわっていた事があるせいか、終戦後広島球団ができた時から、カープを応援していたようです。
弱小チーム、お荷物球団と言われながらも、初優勝したときの父の喜びは想像がつきます。

そんな父からもらった、こんな手紙があります。





4月6日午後8時45分、ラジオのスイッチを入れると、広島東洋カープの三村がソロホームランを打って、得点は6対4と広島が中日に2点のリードとの放送が、耳に入ってきました。
今晩のゲームを勝つと広島は、2勝3敗1分けということになります。
広島も出足が悪く3連敗はしたが、ホームグランドに帰ってから1分け1勝と、調子を上げてきたようです。
爺さんは久しぶりに孫(利明)と、話ができたといって喜んでいました。爺さんは朝夕はうちにきてごはんをたべ、、昼は共同炊事から食事をとってたべています。
婆さんの戒名(仏門に入りつけられた名)は「慈興貞善大姉」です。
爺さんがうちにきて、朝夕おがむ時には、婆さんに呼びかけるように必ず「慈興貞善大姉」と、声を出しています。
葬式の日に、一治が写した写真の中で、最もよく写っていると思うのを、4枚だけ同封しておきます。
野球放送を聞きながら書いていると、中日に打たれ ただ今6対6の同点になっています。
広島が勝ってくれることを、願いつつペンを止めます。
時には爺さんに手紙を書いてあげなさいね。
では元気でね。

4月6日午後9時35分

利明様

このように父は広島の大ファンでした。
今夜は天国の父も、広島カープの優勝を喜んでいることでしょう。

ほんとによかったね、おめでとう。

このブログを書き終えるころに、長男から二人目の子供を懐妊したとのメールがありました。

(先生さん)

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